『危ないから君は残っていてくれ』
そう言われ、空を見上げてどれ位経った頃か―




久しぶりに戻ってきた彼の姿を瞳に捉え走り出す。



「バッ―・・・・・」

目の前の何ともいえない空気に彼の名前を呼ぶ声が止まってしまった。
優しくアーシェに話しかけるバッシュが見えて、その間に割ってはいる言葉も勇気もなく背を向け歩き出した。


―置いていかれているような感覚―

そして、こんなに自分は子供なのかと。――心の狭い人間なんだとつくづく感じた。








satisfy







人けもまばらなその場所でテーブルに肘をつき、何処を見ているわけでもなくピントの合わない瞳の

ゆっくりとした動きでグラスを口に運び、離した時に僅かに唇横に垂れたお酒。
親指でおもむろにそれを拭い、舌で舐めた仕草はただただ艶麗で。


「・・・・ふぅ」

ボトルに手を伸ばしたは、視界に入ってきたバルフレアの存在に気付いて笑った。


「どうしたの?」

に見惚れていた」

「口説くの上手」

本当にそう思ったから言っただけなのに。
自分がどれほど魅力的か彼女は知らないのだろう。


「隣、いいか?」

「ええ、もちろん」

断る理由も無かったし、むしろ誰かと話がしたかったのかもしれない。


「だいぶ飲んだな」

「これからよ」

「何かあったか」

「んー無い事が悩み。。。。。はい、お酒」

彼女に手渡されたグラスを一口喉に流し込むと、徐に笑ってこちらを向く



「これならいいかしら?」

と、昼間の様な笑顔を作っている

「胡散臭いからやめとけ」

「まぁ、、、意味無いか・・・・やめるわ・・・」


顔を横に向けたまま机に上に伏せたは目を細めぼそりと呟く。


「ねぇ、そのアクセサリ」

「ん、これの事か?」

見せてと、手を伸ばされ自分の指から抜いてバルフレアはに渡した。
親指と一指し指でそれを持ち、天上のライトにかざすと光に透ける指輪を見つめる。


「きれい、、、、ね」


言葉の歯切れが自分でも悪いと思ったが、その時には既に視界が揺れて後ろに引かれていた体―

「!っ、危ねぇな」

バルフレアが私の肩を掴み引き寄せられもたれ掛かったままの体。


「眩暈、、、した」

「もう飲むな」

「うん。。。そう、する、ありがとう」

指輪を持ち主に返し椅子を立つとバルフレアが小さな声で話しかける。


「愚痴なら本人に言えよ」

目線が何かを訴えているのが解りゆっくりと後ろを向くと入ってきたばかりなのかドアの前には彼の姿があって。
あぁ、嫌な自分を見られた。と思う反面、心のどこかで相手へ反発をしたかったんだとも感じた。

「おかえりなさい」
そう言うと目を一瞬だけ合わせ会釈をし、はおぼつかない足取りでその横を通り抜けていった。


「来るのが遅いんだよ」

足を組みなおしたバルフレアが往生しているバッシュに呆れたように話かける。


「アンタ、歳の割に鈍臭すぎだ・・・」

「・・・・・・」

さっさと行けとバルフレアはバッシュを追い払った。










足早に廊下を歩けば飲んでいた彼女を捕まえるのは容易く、
階段の踊り場で手すりに寄り掛かっていたを抱え上がっていく。

「歩けます・・・私」

「そうか」

「、、、ごめんなさい」



気持ちなど込めずに形だけの言葉だけを口にした。




部屋についてをベッドに降ろし、隣に浅く腰掛けたバッシュは問いかける様に話す。


「謝るのは俺の方だろう」

そう問われ答えを否定することはしなかった。

「お水が・・・飲みたい」

そう呟くと、当たり前の様に差し出されたコップ。


「ねぇ」

受け取る素振りも見せず上を向いた微かに赤い顔。

「飲ませて欲しいの」


酔いに興じて甘える事はあったとしてもこんな事を言ったのは初めてだった。

命令するようなその口調は度が過ぎると感じ、バッシュは制するように名前を呼ぶ。
それが解らないような君ではないだろうに・・・。



「嫌、飲みたいの。叶えてくれたらそれで、大人しくなるから」

躊躇して僅かに間を置いた後、承諾された願い事。


でもそれは、私が望んだものとは違って口元に寄せられるコップ。
そのまま水を入るだけ口に含み、飲み込むフリをして口を離した。

コップを置こうと横を向くバッシュの首と顔に手を掛け、立ち膝をし
相手の唇に自分のそれを強く押し付け溢れ出しそうな想いと共にそれを流し込んだ。


「ッ―何をす、る」

「・・・ハァ」

突然の事に咽るバッシュを見つめた後、机の上のコップに伸ばした手は捕らえられてしまった―


「して欲しいのはこれなの、だから」

「だめだ」

「今したじゃない」

「それは強引に」

「お願い、、、バッシュ。ねぇ・・・・」


渇望の眼差しと濡れた唇。
触れた脚から伝わる熱に妖美なその全てに惑い始める心―
その口元から紡がれる言葉に頭の中はジワリと支配されてゆく。


「私の中のあなたが足りないの」


バッシュの行動を促すようにゆっくりと目を閉じる


彼女の顔を優しく上げ近づいていく互いの距離。。。
バッシュの太腿に乗るようにはゆっくりと自分の体を前へと進めていった。

それから逃れる方法を知らず、意を決して水を手にし口に含んだ。



微かにする酒の匂いと甘いの香りが鼻をくすぐる。
整った顔立ち、睫の長さもその唇の形も、手に触れる肌の柔らかささえ今の自分にとって鼓動を高鳴らせる要因となる。

そして、掠れる様な甘い声が俺の名前を呼んだ―



「・・・バッ、シュ・・」


体に流れた痺れ。それが芽生え始めていた欲動に火をつけ心の戒めを容易く消し去った―
そして水が零れ落ちないよう密着した互いの唇。


喉を通っていく水が乾いた心を満たしていく感覚に彼女の口から声が漏れる。


「―・・・ぁ」



私を掴もうとする彼の手を払ってバッシュの胸元を両手で強く押し、倒した上からバッシュを見つめ続けた―




「会いたかっただけなのに、ヤキモチを妬かせるから・・・」

手に手を絡ませる様にして自由を奪い、押さえつけ彼の瞼にそっと熱い唇を落とす。


「バッシュが、悪いわ」


だから


「もう少しだけ傍に・・・」



触れられればそれだけで充分だから。
―ただ後は、バッシュが耐えればいいだけの事。

私が焦がれたように貴方もまたその苦しみを味わって。それ位の事はしてよ――